「悪夢が教えてくれること」で書いた、実家と同じ環境に飛び込み続けた過去の話。
①ハラスメントをされた人は②自分もするようになってしまうんだけど、今回はまず①被害者としての立場の話。

フェーズ2でやったことだけど、人は、どれだけ嫌だと思っていても、Familiar environment(自分が慣れ親しんだ環境)を無意識に選んでいってしまう。
私は、自分の存在を無視され人として尊重されない環境が耐えられず、実家を出たわけだけど、まったく同じことをしてくる元夫を選び、結婚してしまった。Aboutに書いた通り。
人として尊重されない環境で育ったり、そういう環境に長くいると、その環境をInternalise(内面化)してる。「人として尊重する」ということがわからないから、尊重されないのがデフォルトだし、人を尊重することもできない。だって、それが「普通」だから。
自己肯定感を傷つけられて、苦しい思いはするだろうし、もしかしたら「自分はそんなことは絶対にしない」と頭では思ってるかもしれない。でもじゃあ、どうしたらいいか?は習ってない。頭で想像はできたとしても、身についていない。
肯定され慣れてないから、褒められたりするとどうしたらいいかわからなくて顔がこわばったりする。自分が信じてるものや好きなものは、褒められると100パー嬉しがることができるんだけど、自分のことは、けなされたりいじられてるほうがやりやすい。笑いになると、ほっとする。謙虚はいいことだし、と思ってる。
そういうとき、好きなアイドルとかで投影させて、自分を肯定する代わりを一生懸命やったりする。日本のアイドル文化は、これが原因のような気もする。自分を肯定できる人が少なくて、みんなが投影の対象を必要としているのでは。
投影の場合、対象を「否定」されると受け入れられないし、「悪い」フィードバックは聞きたくない。アイドルに限らず、自分の親でも子でも配偶者でも、芸能人でもサッカーチームでもいいし、学校とか会社、宗教、政党、国とか、対象にはきりがない。「日本素晴らしい」みたいなテレビが好まれるのは、これだと思う。
みんな、自己肯定の「リハーサル」をしてるんだと思う。でもずっとリハーサルやってても、満たされることはない。本番に挑まないと!自分を推しに。

「人として尊重する」ことが身についてなかった私は、実家を出ても同じ環境に飛び込み続けていった。なぜって、ジャナイ環境では、どうしたらいいかわからない。ソウイウ環境であれば、考えなくてもどう振る舞えばいいかがわかる。だから、ソウイウ環境にもとても歓迎される。
いじられる笑いが身についてると、いじってくる人に好まれるように。自分をおいて相手の話ばかり聞いてると、自分の話ばかりする元夫に好まれたように。
慣れ親しんだ環境で身についてる方法だから、自分にとっても、いじりいじられることがとても親しくて親密な関係のように感じたりする。けなしけなされる関係が、「親しい間柄」の象徴のような。自分の親しい間柄である「家庭」で行われていたことだから、同じことが行われると、とても親近感がわく。
そして、「親しい」と思った人に、それをするようにもなる。家庭と外で別人になってたりね。これは②の話なので、次の記事に。
そうやって、無意識のうちに、慣れ親しんだ環境にいつまでも飛び込み続けてしまう。ハラスメントを受けなかったとしても、社員が搾取されてるブラック企業に飛び込んだり、マウントのターゲットになってたり。
言わずもがな、私はパワハラな職場をいくつも経験した。パワハラとは無縁の、たとえば女性を尊重するような現代的な職場もあり、そのときはいい会社だなと思ってたけど、女性が持ち上げられる会社というのも、人として尊重されていないという点でつながるということにのちのち気づくことになる。
このサイクルから抜けるには、自分の中の問題を知り、解消する。すると、内面が外に投影されて、今までとは違う新しい環境へ進み始めるようになる。自分を尊重できるようになると、自分が尊重される環境がやってくる。
私の場合も、フェーズ2が終わったあと、就職活動してもそれまでと似たような会社しか引っかからず、まったく仕事を決めることができない時期が何年も続いた。自分の中の問題を乗り越えたはずなのに、と思っていた。今から見ると、なんでかよくわかるんだけど。
自分の人生を歩むんだと決心したとたん、今の会社の人事から連絡があり、トントン拍子に仕事が決まり、今までとはまったく違う世界にきて、衝撃の嵐を経験する。やりかたがわかったから、今後もどんどん違う世界に移っていけるとわかる。制限解除、みたいな感じ。人生ってすごい。
どんどん破っていこうぜえ。
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