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自分の人生を自分でやると決めてからあれよあれよと進んだ話

2018年、8月。忘れもしない、私の人生が変わった日。

なにがあった???って思うでしょ。でもね、なんっっっっも起こらなかった。

事件がきっかけでとか、病気がきっかけでとか、なんかありそうなもんじゃないですか。私の場合は、そうじゃなかった。ある日突然、自分から思いついて、変わった。

もちろんね、その前の経緯がある。フェーズ1が始まったのが、2009年。フェーズ2を終えて、一度仕事に就き、それも終わって、最初はパート探し、その後にフルタイムの仕事探しに切り替えてしばらくしてからだった。

そのころ元夫とは、喧嘩をしては何時間も話し合ってわかりあう→号泣、を数か月おきに繰り返していた。話してる間は「ほんとにこいつ人間か???」という感じなんだけど、それでも最後の最後に天使が降りてきたみたいに理解してわかりあえるから、あきらめられなかった。話せばわかるんだ、頑張っていける、そう思ってた。こっちが本当の彼だから、これを引き出せばいいのだ、と思っていた。

それは、たしかにそうなんだということはわかる。ただ、その前のヒトデナシの部分がそれだけ重くかぶさっているということをきちんと理解しないといけない。人から何時間も説かれてようやく、しかも一時的にしか外せない鎧というのは、もはや暫定的にでも本人そのものとカウントしないと適切に対処できない。本人が自覚して、「外したい」と自ら言い出さない限りは。

そんな日々を送っていたころ。ある日突然、

自分にはもっとふさわしい人生がある

と降りてきた。ほんと、「降りてきた」って感じ。ぱっと思いついたわけ。これぞ未来志向1位の真髄。考えるんじゃなくて、降りてくる。

家に彼がいない、昼間だった。寝室で、窓をぼんやり眺めてた。

ベッドに、当時好きだった嵐の相葉ちゃんが寝そべってる幻想が見えた。そうだ、自分は背が高くてスリムな人が好みだ。元夫のことを「小さくてお腹が出ていても関係ない、自分は彼の中身にほれたのだ」と思いこんできたけど、果たして本当にそうだっただろうか。共依存だったことはもうわかってる。依存が解けた今、それでも一緒にいたいと思う人だっただろうか。

今ならわかる。依存で一緒になった人とは、依存が解けたら一緒にはいられない。酔っぱらってたときにキラキラに見えた人が、シラフで会ったら「どなたでしょう?」となるのと同じ。

それでも。

自分は、もう40を過ぎている。同じ年の人たちはもう役職がついていて、安定した生活をしてる。自分は職歴も飛び飛び、手に職もない。帰る実家もない。頼れる人もいない。今から、どうやって、人生をやっていく???

それを考えても、彼と別れるなんて考えてもいなかった。結婚したらお互いが努力して、一緒にいるために向き合っていくことで、それぞれが成長していくのだと思ってた。そうやって、いい人生を送っていくのだと思っていた。ここから自分だけでやっていくなんて、1ミリも考えてなかった。

それが、さっと一瞬で風向きが変わるように、「自分にはもっとふさわしい人生がある」と降ってきた。そうは思っても、「いや、そんなわけなかったな」と、それこそすぐシラフに戻るんじゃないかという懸念は持ってた。それ以前にも、「こんなやつとやってけない」と思うことは何万回もあったし、そのたびに話して理解し合って「やっぱりここを守っていくのが私の人生なんだ!」と思い直してやってきた。

だけど、このとき、2018年の8月は、様子が違った。

ちょっとだけ、1ミリだけでも、「自分にはもっとふさわしい人生がある」に乗っかってみようと思った。一度だけ、試しでいいから、本気でそう思ってみようかな、的な。思ったら、どうなるだろう?みたいな。今のこの、ちょっとの時間だけ。

そしたら、それが本当になって、それがということになってしまった。たまにあるじゃん、ある日ふとやったことが、そのままずっと続いて、思ってもなかったのにとして確立してしまうやつ。ある日ふと、「靴を右からはいてみようかな」と思ってそうしたら、そこからずっと右からはくようになっちゃった、的な。

「そろそろ終わりかな?」「もうこの辺かな?」というので頭をよぎりつつ、思考してたんだけど。それは頭の片隅には確実にありつつも、「自分にはもっとふさわしい人生がある」がぶわーーーっと走って止まらなくなっていった。爆速で通りすぎる新幹線をプラットホームで眺めてて、「あ、新幹線きた」「乗ろうかな」「まあそんなわけないわな」と思ってたら乗っかっちゃって爆速GOみたいな、そんな感覚だった。

人生90年と考えたら、40の今、あと50年ある。50年あったら、なんでもできるな。今から練習して歌手にだってなれる。なんだってできそうだな。そう思った。

そして、本気でフルタイム職の就活を始めた。「本気で」と言ったって、まあそれまでとなにも変わらない。これでまた仕事が見つからなくて、そしたらやっぱり元サヤになるのかな、という考えも頭の隅の隅っこにはあった。

でも、人生は、それを許してくれなかった。すぐに今の会社の人事からコンタクトがあり、あれよあれよという間に就職。本当にいい環境に恵まれて、やりがいのある仕事をさせてもらえるようになり、最初の給料が入ったところで試しに家を出てみたことが元夫をトラウマのどん底へ突き落とし崩壊、戻ることもなく今へとつながっている。

あれだけ何年も就活して、一つも見つからなかったのに。ロンドンにはもう通いたくなかったし、日本の会社ももう嫌で、でもイギリス人ばかりの会社だと疎外感満載だから、国際的な職場を探してた。まあでもそんなんあるわけないよね、私の甘えなのかなあ、とさえ思い始めてた。

まさか、

アメリカの
グローバル企業が
イギリスで
日本人を探してる

なんて思いもしなかった。しかも、企業が山程あるロンドンとかじゃないんだよ。日本でいったら、東京から神奈川はさんで静岡の町、くらいだよ。ここにそんな仕事ある??半信半疑で面接行ったら、めっちゃ新しい立派なオフィスに、THE国際的な環境。びびったね。

本当にね、こんなことで、こんな瞬間的な1ミリの思いつきで、人の人生って大転換するもんだね。

人生、いつどこでなにがどうなるかわからない。なにも事件がなくたって、こんだけ変わるんだから。変わりたい!よくなりたい!と思う気持ち。それに人生は答えてくれるのだ。

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