2024年のまとめを書いたんだけど、その詳細をメモしておく。
1.周りを受容
2.先祖を受容
3.親を受容
4.自分を受容
5.自分の中の心と頭を受容
6.やりたいことが出てくる

2024年は、実はSheffieldからはじまった。年末から休みをとって、2週間ほど泊まっていた。特に行きたい町だったわけじゃないけど、いい感じにお風呂のついた宿が直前まで空いてて激安だったので、行ってみることにした。
年末から自己理解プログラムを受け始め、今年こそ人生が変わると思っていた。たしかにそうなったわけだけど、実際はこのプログラムを受けたことではなく、過去15年間自分と向き合ってきたことの成果が、この年に一気に噴出したのだった。
もちろんこの自己理解プログラムも、成果を後押しする力の一部になっていた。自分と向き合ってきたことを肯定し、これからも推し進めようと思うことができ、このブログやYouTubeでの発信をはじめた。4月、5月と、模索しながら進めていた。
そして、6月。
プログラムの中で、人生の一年ずつを振り返る年表を作ったとき、前のカウンセラーと出会ってアダルトチルドレンの問題に取り組み始めたのが、ちょうど10年前だなと思っていた。それで、彼にカードを送っていた。ちょうど10年前に取り組み始めて、今こうして発信をまた始めることになったと。
そしたら彼からも連絡があり、久しぶりに遊びに行くことになった。まだちょっと寒いけど、BBQをしようと思ってると。ヨガの先生も来るから、一緒にどうかと。
それでおうちに行ったんだけど、その時点でけっこうもう感動してて、涙が出た。ヨガの先生と、カウンセラー。あのとき自分が自分に向き合う一歩を踏み出したとき、それを手伝ってくれた人たち。ひさしぶりに一緒に会えて、なんかもう胸がいっぱいになってしまった。
そんな中でさらに。カウンセラーの奥さんが、私にレクチンフリーの料理を用意してくれていたのだ。
カウンセラーにレクチンフリーを教えたのは私なので、だから今でもレクチンを除いた食事をしてることは伝えてた。でも面倒だから、私は自分でなにか食べられるものを持っていくよと伝えていた。なのに。
わざわざギリギリに出かけてくれて、スーパーで最後の水牛モッツアレラチーズをゲットしてくれたこと、ドリンクも変なものが入ってない缶のカクテルを「これ大丈夫?」と出してくれたこと。私が持って行ったさつまいもがなかなか火が通らなくて、もういいかなと思ってたけど、火が通るまで一緒に粘ってくれたこと。
今思い出しても涙が出るくらい、感動した。こうやって、私のために、自分の得することもなにもなく、ただ私のために誰かがなにかをしてくれることが信じられなくて。帰宅してから、何度も泣いた。
それまでもたぶん、そういうことを私にしてくれた人はたくさんいるんだと思う。記憶に残ってる人もいるし。だけど、私はそれをここまで受け入れられていなかったんだと思う。「私のためじゃない」という思い込みが強すぎて。
「人は、なんの見返りもなく、人になにかをしてあげたいと思うことがある。」
これが、このときに知ったこと、自分の中にできた新しい感覚だった。
それが、この記事につながっていく。日常のなんでもないことが、ありがたくてしょうがなくなった。
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