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2024年その3、親を受容

2024年のまとめから、その3。人生最大の変化だった。(とこのときは思っていた。)

 1.周りを受容
 2.先祖を受容
 3.親を受容
 4.自分を受容
 5.自分の中の心と頭を受容
 6.やりたいことが出てくる

Aboutでも書いた通り、私は「難しい」家庭に育っていて、ずっと親のことを受け入れられずにいた。自分の問題を探ったところ、「毒になる親」の本に辿り着き、自分の問題はここからきていたのかと学び、「愛着障害」や「アダルトチルドレン」の問題に取り組んできた。

6月に元カウンセラーの家に遊びに行かせてもらったあと、彼の奥さんからEFT(Emotional Freedom Techniques、感情解放テクニック)のセッションを受けていた。奥さんもカウンセラーになったと聞いていたけど、このたびEFTを勉強したとのことで、ようは練習台を探していたので、ぜひ受けさせてもらった。

EFTもカウンセリングと同様に、問題に対しては、過去のどこで同じ感情を味わったか、なにと結びついてしまっているかを探り、そこを解きほぐす。その感情を味わった、一番最初の記憶が思い出せると、一番いい。

それをやっているうちに、ふと、「自分は親から好かれていない」と思った最初の事件ってなんだろう??と思った。

そして、愕然とした。

15年もの間、自分と向き合う取り組みをしてきて、カウンセラーやセラピストやらに過去を洗いざらいしゃべってきたというのに、その中に「親から好かれていない」と思うにいたった事件がなかったのだ。

え、まって、あるって。え、ない???

たしかに、「好かれていない」と思ったことはなかったかもしれない。逆に、自分に固執されている、思い通りに動かそうとしてくる、粘着質なところが嫌だっただけで。近づくと巻き込まれるから、距離を取ることしかできなかっただけで。

そんな、9月のある日。

本田健のラジオを流しながら、仕事をしていたときのこと。

ラジオでは、「親が亡くなると、今まで頼っていた人がいなくなって自分の力で生きていかなきゃいけなくなるから、伸びる」という話だった。私はもともと親に頼っていないから、なにも変わらないな、などとうつらうつら考えていた。

そんな中で、家を買おうとしている中で出てきた「親に頼る気持ち」を思い出した。昼休みに、それについて考えてみた。

手続きを進めていく中で、とにかくもう不安で不安で、どうしょもなくなるときが多かった。感謝で涙が止まらないこともあれば、それと同じだけ「もうだめだーーーー!!!」とパニくることもあったのだ。本当に、あのときの精神状態はやばかった。

そういうとき。もしなにかあって全財産失ったら、実家に行って頼み込んで置いてもらおう、と思った。おかしなことだと思っていたけど、カウンセラーのののさんに吐き出した。ののさんも、びっくりしていた。今までずっと、これだけ親に頼らずに生きてきたのに、そんなことを考えるほど、ギリギリのところにいたわけだ。

そう、ギリギリのところ。心の最後のところでは、親に頼る気持ちがあったのだ。

メンタル的には、ないがしろにされて来たことは事実だった。でも、物理的には満たしてもらってきたことは疑いようがない。だから、「お金」という物理的に困ったときは、親は「頼れるもの」と潜在的に認識しているのだ。

物理的なところで、親を疑ったことはなかった。すべて世話してもらったし、大学まで出してもらった。

でもこれも、学歴のない親が「子供には学歴をつけさせたい」と言っていたのと、私も一人でやっていけるようになりたくて大卒資格がほしかったので、利害が一致していただけと考えてきたし、親が「良い親」をやりたいため、自分たちのためにやってきたことだと思っていた。

でも、覚えてることがあった。母親が、おかずをいつも私に譲ってくれたこと。

残りが少ないものがあったとき、自分はおいといて、私に「食べたら」と言ってくれていた。

「自分が飢えても、この人は私に食べさせてくれるだろうな」ということを疑ったことはなかった。自分が犠牲になっても、この人は私を優先してくれるだろうなということを、疑ったことがなかったのだ。

私は、ちゃんと大事にされてきていた。私も、誰かの大事な人だった。

自分にも、なにがあっても自分を優先してくれる人がいたんだということ。そう信じられる人がいたんだということ。こんなに大切で大きなことって、他にない。そう思った。

「親」だけだった、こんな風に思わせてくれるのは。私がどうであっても、かわいい自分の子供として受け入れてくれるのは、親しかいない。私はこの世にぽっと出てきた物体じゃなかった。ちゃんと大事にされて、誕生していた。

おかずを譲ってくれた。たった、これだけのこと。

でも、この思い出があれば、今後なにがあってもなんでもできるだろうなと思った。人間て、すごい。涙が止まらなかった。

このインパクトはとにかくでかくて、ついにもう仕事なんてしてられなくなった。それまでの精神状態もあった上でのことなので、とにかくすべてを止めて、いったん整理したかった。ずっと泣いてるから頭もガンガンするし、どうしても抜けられない仕事だけやって、休みをとり、Long weekendにして落ち着くことにした。

人間、素晴らしくいいことが起こったときも、ボロボロになるんだなあって。生まれてはじめて知った。

まさか、このあとにそれ以上の変化がやってくるとは、夢にも思わなかった。

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